Читать книгу 英雄たちの探求 - Морган Райс, Morgan Rice - Страница 12
第二章
Оглавлениеソアは、怒りではらわたが煮えくり返る思いを抱えながら丘を何時間もさまよった後、選んだ丘の上に腰をおろした。脚の上で腕を組み、地平線を眺めた。馬車が消えていくのを、時間を経てもなお残る雲状のほこりを見つめた。
もう軍団が村にやってくることはないだろう。今となっては、自分はこの先何年も次のチャンスを待ちながらこの村にとどまる運命にある。たとえそれが二度とやってこないとしても。もし父が許してくれさえしたら。これからは家で父と二人だけだ。父は自分にありったけの怒りをぶつけてくるだろう。自分はこれからも父親のしもべであり続けるだろう。そして年月が経ち、自分もやがて父のようになるのだろう。兄たちが栄光と名声を手に入れる一方で、ここに埋もれ、つまらない日々を送る。血管が屈辱で焼けるようだ。これは自分が送るべき人生ではないということが彼にはわかっていた。
ソアは自分に何ができるか、どうしたら運命を変えられるか知恵を絞って考えたが、何も浮かばなかった。これが、人生が自分に配ったカードなのだ。
数時間座ったままだったが、やがて落胆した様子で立ち上がり、歩き慣れた丘を横切りながらずっと高く登り始めた。否応なく、羊の群れのいる高い丘のほうへと漂うようように戻って行った。登っていく時に一番目の太陽は沈み、二番目の太陽が最も高い位置につき、緑がかった色合いを投げかけていた。ソアは時間をかけてゆっくり歩きながら、特に考えもなく、長年使って革のグリップがすり切れた投石具を腰から外した。腰にくくりつけてある袋に手を伸ばし、集めた石を手で探った。良い小川から拾ってきた、滑らかな石で、鳥や、また時にはねずみに当てることもあった。長年の間に染み付いた習慣だ。最初は何にも当たらなかったが、そのうち動く標的をしとめたことも一度あった。それからソアのねらいは確実になった。今では投石はソアの一部となっていた。それに怒りをいくらか解消するのに役立った。兄たちは丸太に剣を突き通すことができるだろうが、石で飛ぶ鳥を落とすことはできない。
ソアは無心で投石具に石を置き、背中をそらせると、父に向かってそうするかのように全力で投げた。遠くの枝に当たって、ばっさりと落ちた。動いている動物を殺すこともできるのに気づいてからは、自分の持つ力が怖くなり、何も傷つけたくないと思って動物をねらうことはやめた。今では的は枝だ。が、きつねが羊の群れの後をつけてきたときは別だ。やがてきつねは近づかないことを学んだ。そのためソアの羊は村で一番安全が保証されている。
ソアは兄たちのことを、今彼らがどこにいるのかを考え、腹が立った。馬車で丸1日行けば王の宮廷に到着するだろう。ソアにはそれが見えるようだ。盛大なファンファーレと共に到着し、美しい衣服を身にまとった人々が彼らを迎える。戦士たちも挨拶を返す。シルバー騎士団のメンバーたちだ。彼らは迎え入れられ、リージョンの兵舎内に住む場所を、王の訓練場を、最高の武器を与えられる。それぞれ有名な騎士の見習いとして任命される。いつかは彼ら自身も騎士となり、自分の馬、紋章、そして見習い騎士を持つことになる。祝祭にはすべて参加し、王の食卓で食事をとる。特権を与えられた生活。だが、それはソアの手をすり抜けた。
ソアは気分が悪くなってきたが、それを意識から消し去ろうとした。だができなかった。彼の一部が、どこか深いところで自分に向かって叫んでいた。あきらめるな、もっと素晴らしい運命が用意されているのだ、と彼に言う。それが何かはわからなかったが、ここにないことだけはわかる。ソアは、自分は他の人と違っていると感じていた。特別なのかも知れないとさえ。誰も理解しえない何か。誰もが過小評価している彼の何か。
ソアは最も高い丘に着いたところで羊の群れを見つけた。訓練が行き届いているので、皆ばらばらにならずに、手当たり次第に満足そうに草を食んでいた。羊たちの背中に彼自身がつけた赤い印を探して数を数えた。数え終わった瞬間、凍りついた。1頭足りない。
何度も数えなおした。やはり1頭いない。信じられない思いだった。
ソアは羊を見失ったことなど今まで一度もない。 父はこの償いさえさせないだろう。もっと嫌なのは、羊が荒野に一頭だけで迷い、危険にさらされているということだった。罪のないものが苦しむのは見たくなかった。
ソアは頂上まで走り、はるか遠く、いくつもの丘の向こうの地平線をくまなく探し、見つけた。一頭の、背に赤い印をつけた羊を。群れのなかでも暴れんぼうの羊だ。逃げ出しただけでなく、よりによって西の方角、暗黒の森へ向かったことがわかり、ソアの心は沈んだ。
ソアは息をのんだ。暗黒の森は禁断の場所だ。羊だけでなく、人間にとっても。村境の向こうへは、歩き始めた頃から決して行ってはいけないと知っていた。もちろん行ったことなどない。道もなく、邪悪な動物の住む森に入ることは死を意味すると言い伝えられてきた。
ソアは考えをめぐらしながら暗くなりつつある空を見上げた。自分の羊を行かせるわけにはいかない。素早く動けば、暗くなるまでに連れ戻すことができるかも知れない。
一度だけ後ろを振り返ったのを最後に、ソアは西へ、暗黒の森へと全力で疾走した。空には暗雲が立ち込めている。沈み込む心とは裏腹に、足はどんどん前へ進む。いくらそうしたくても、振り返るものかとソアは思った。悪夢へ向かって走るようだった。
*
ソアは丘も止まることなく走り下り、空が暗く覆われた暗黒の森へと入って行った。森の入り口で道は途切れている。道のない領域へと入って行く。足の下で夏の葉が砕ける音がした。
森に入った瞬間、暗闇に包まれた。光は頭上高くそびえる松の木に遮られている。中は寒かった。森の境を超えるとき、寒気がした。暗闇のせいでも、寒さのせいでもない。何か別の理由によるものだ。何とも言えないもの。何かに見られている、そんな感覚だ。
ソアは、風に揺れてきしる、こぶだらけで、自分よりも太い古木の枝を見上げた。森に入ってからまだ五十歩というところで、奇妙な、動物の音を聞いた。振り返ると、自分が通ってきた入り口はもう見えない。早くも出口が存在しないような気になっていた。ソアはためらった。
暗黒の森はいつも町の外側、そしてソアの意識の外にあった。深く、神秘的な何か。森に迷い込んだ羊を追うことは、今だかつてどの羊飼いもしたことがなかった。ソアの父でさえそうだった。この場所にまつわる言い伝えは暗く、根強かった。
だが今日は何かが違った。ソアはもはやそれが気にならず、風に注意を向けていた。彼の中に、境界を広げ、家からできるだけ遠くへ行きたい、自分がどこへ連れて行かれるかは人生に任せようという思いがあった。
ソアは更に奥へと進んだ後、どちらへ進んだらよいかわからず足を止めた。足跡や、羊が通ったと思われる場所の枝が曲がっているのに気づき、そちらへ向きを変えた。しばらくしてまた曲がった。
1時間もしないうち、ソアは迷って途方に暮れてしまった。来た方角を思い出そうとしたが、もうわからない。不安で胃が落ち着かない。が、唯一の出口は前方にあると思い、進み続けた。
ソアは遠くに一筋の光を見出し、そこへ向かった。気づくと、わずかな開けた場所の手前に来ていた。その端で足を止め、根が生えたように動けなくなってしまった。自分の目が信じられなかった。
ソアに背を向けて、長く青いサテンのガウンをまとった男が目の前に立っていた。いや、人間ではない。立った位置からソアはそう感じ取った。別の何かだ。ドルイドかも知れない。背がすらりと高く、頭はフードで覆われ、微動だにしなかった。この世に注意を払うことなどないかのように。
ソアはどうしてよいかわからずに立ち尽くしていた。ドルイドは話に聞いていても、出会ったことはなかった。ガウンにつけられた印、丁寧な金の縁取りから、ただのドルイドではない。王家の印だ。国王の宮廷のものだ。ソアには理解できなかった。王家のドルイドがここで何をしているのだろう?
永遠のようにも思われる時間が経った後、ドルイドがゆっくりと振り返り、ソアに顔を向けた。ソアも彼の顔を認め、息が止まりそうになった。王国で最も知られた者の一人、国王のドルイドだったのだ。何世紀もの間、西の王国の王たちに相談相手として仕えてきたアルゴンだった。宮廷を遠く離れた暗黒の森の中で何をしていたのか、謎だった。ソアは自分の想像なのではないかと思った。
「今目にしていることは、思い違いなどではない。」アルゴンはソアを真っ直ぐに見つめながら言った。
まるで木々が話しているような、深みのある、遠い昔から響いてくるような声だった。彼の大きく透んだ目は、ソアを見通し、貫くようだった。ソアは、太陽の正面に立っているかのように、アルゴンが放つ強力なエネルギーを感じた。
ソアは直ちにひざまづき、頭を垂れた。
「わが君」と彼は言った。「邪魔をいたしました。申し訳ありません。」
国王の相談役への不敬は投獄または死に値する。ソアは生まれたときからそう教え込まれていた。
「小年よ、立ちなさい。」アルゴンは言った。「ひざまづいたほうが良いなら、私からそう言っていたであろう。」
ソアはゆっくりと立ち上がり、彼のほうを見た。アルゴンは数歩近寄ると、立ったままソアが居心地悪くなるほど見つめた。
「そなたは母親の目をしている。」とアルゴンは言った。
ソアは驚いた。自分の母親に会ったことも、父親以外に母のことを知っている者に会ったこともなかったからだ。母は出産の時に亡くなったと聞いていた。ソアはいつもそのことで罪の意識を感じていた。家族が自分を嫌うのもそのためだと思っていた。
「誰かと勘違いをされているのではないかと思います。」ソアは言った。「私には母はおりません。」
「母がいないと?」アルゴンは微笑みながら尋ねた。「男親だけで生まれたというのか?」
「わが君、母は出産のときに亡くなったという意味でございます。私のことを誰かとお間違えではと思います。」
「そなたはマクレオド族のソアグリン、4人兄弟の末っ子、選ばれなかった者であろう。」
ソアは目を大きく見開いた。どう解釈したらよいのか分からなかった。アルゴンのような位の高い者が自分のことを知っているとは。自分の理解を超えたことだった。村の外に自分のことを知っている者がいるとは考えたこともなかった。
「どうして・・・お分かりになるのですか?」
アルゴンは微笑んだが、答えなかった。
ソアは急に好奇心が湧いてきた。
「どうして・・・」ソアは言いかけたが、言葉に詰まった。「どうして私の母を知っておいでなのですか? どのように母に会われたのですか? 会ったことがおありですか? どんな人だったのですか?」
アルゴンは振り返り、歩き去った。
「次に会った時に質問しなさい。」と言った。
ソアは不思議な気持ちでアルゴンを見送った。目のくらむような、不思議な出会いだった。あっという間の出来事だった。アルゴンを行かせまいとして、急いで後を追いかけた。
「ここで何をなさっていたのですか?」ソアは急いで追いつこうとしながら尋ねた。アルゴンは古い象牙の道具を使って、速く歩いているように見えた。 「私を待っておられたのではありませんよね?」
「他に誰を待っていたというのじゃ?」アルゴンが尋ねた。
ソアは追いつくのに必死だった。開けた場所を後に、森に入って行った。
「なぜ私なのですか? なぜ私が来るとご存じだったのですか? 何が目的だったのですか?」
「質問が多い。」アルゴンは言った。「そなたばかりが話しているではないか。人の話も聞くのじゃ。」
ソアは、なるべくしゃべらないように努めながら、アルゴンの後を追い、深い森の中を通っていく。
「はぐれた羊の後を追ってきたのじゃな。」アルゴンが言う。「見上げたものだ。しかし時間の無駄であったな。生き伸びられないであろう。」
ソアは目を見開いた。
「どうしておわかりになるのです?」
「そなたが、少なくとも今はまだ知らぬ世界のこともわかるのじゃよ。」
ソアは、追いつこうとしながら考えた。
「話を聞こうとはしないのだな。それがそなたという者なのだ。頑固で。母親と同じだ。羊を助けようと追い続けるのであろう。」
ソアは、自分の考えをアルゴンに読まれて赤くなった。
「そなたは元気の良い若者じゃ。」アルゴンは更に言う。「意志が強く、誇り高い。良い性質だが、いつかそれで足をすくわれる。」
アルゴンは苔の生えた尾根を登り始めた。ソアは後を追う。
「国王のリージョンに入りたいのであろう。」アルゴンが言った。
「そうです!」ソアは興奮して答えた。「私にもチャンスはあるでしょうか?あなたが実現させることはできますか?」
アルゴンは笑った。深い、うつろな声にソアの背筋が寒くなる。
「わしは何でも起こせるし、何も起こせないとも言える。そなたの運命は既に決まっているのじゃ。選ぶのはそなた次第だが。」
ソアには理解できなかった。
尾根のてっぺんに着くと、アルゴンはソアのほうに顔を向けた。ほんの数フィートしか離れていなかったので、アルゴンのエネルギーがソアを焼き尽くすようだった。
「そなたの運命は重要なのだ。」アルゴンは言った。「運命を捨ててはいけない。」
ソアは目を大きく開いた。運命?重要?誇らしい気持ちがこみ上げてくるのを感じた。
「なぞかけのような話し方をなさるので、私にはよくわかりません。もう少し説明してください。」
突然、アルゴンが消えた。
ソアには信じられなかった。四方を見回し、耳をそばだて、考えた。全部想像だったのだろうか?妄想だろうか?
ソアは振り向いて木を調べた。この尾根の高みからはより遠くまで見ることができた。遠くに動くものが見えた。音を聞き、自分の羊だと確信した。
苔だらけの尾根を転げ下り、音のする方へ森を戻って行った。進みながら、アラゴンとの出会いがソアの頭から離れることはなかった。現実に起きたこととは思えなかった。ここで国王のドルイドが何をしていたのか、なぜここなのか? 彼は自分を待っていた。なぜだ?自分の運命とは何のことを言っていたのか?
なぞを解こうとすればするほど、わからなくなった。アラゴンは、進んではいけないと警告しながら、同時にそうするよう誘惑した。ソアは進みながら、何か重大なことが起こるような虫の知らせを感じていた。
曲がり角を回ったとき、眼前の光景を見て足が止まった。一瞬にして、悪夢が現実のものとなった。毛が逆立ち、この暗黒の森に足を踏み入れるという重大な過ちを犯したことを悟った。
ソアと向かい合い、30歩と離れていない場所にサイボルドがいた。四足で立ち、のそりのそりと動く馬ほどの大きさの筋肉質の体は、暗黒の森、いや恐らく王国中で最も恐れられている動物のそれだった。ソアは実物を見たことはなかったが、話に聞いたことはあった。ライオンに似ているが、ずっと大きく、体は深い緋色、目は黄色く光っていると。赤い色は、あどけない子どもたちの血の色からきていると言うのが伝説だった。ソアは今までに何回かこの動物を見たという話を聞いたが、どれも疑わしいとも聞いていた。それはこの動物に出会って生きて帰った者がいなかったからであろう。サイボルドを森の神であり、何かの前兆だと考える者もいる。何の前兆なのか、ソアには全く考えが及ばない。
ソアは慎重に後ろへ下がった。
サイボルドは巨大なあごを半分開けながら立ち、牙からは唾液を垂らし、黄色い目でこちらを見ていた。口にはソアの迷子の羊をくわえて。羊は叫び声を上げ、体の半分を牙に切り裂かれて逆さにぶら下がっている。虫の息だ。サイボルドは獲物をゆっくりと楽しみ、拷問に喜びを見出しているかに見えた。
叫びを聞くのはソアには耐えられなかった。羊は震え、無力で、ソアは責任を感じた。
ソアは振り返って逃げたい衝動にかられたが、それが無駄だということもわかっていた。この動物は何よりも走るのが速いだろう。逃げたところで相手をより大胆にさせるだけだ。それに羊を見殺しにすることはできなかった。
立ったまま恐怖に凍りつきながら、何か行動を起こさねばならないことはわかっていた。ソアの運動神経にバトンが渡った。ゆっくりと袋に手を伸ばし、石を出すと、投石具にはめた。震える手でそれを引き、一歩前に出て石を投げた。空中を伝い、標的に当たった。完璧な投石だった。羊の目玉に当たり、脳を貫通した。
羊はぐったりとなった。死んだのだ。ソアは羊を苦しみから解放したのだった。
サイボルドは、自分のおもちゃをソアが殺したことに怒り、にらみつけてきた。巨大なあごをゆっくりと開け、羊を落とした。羊はバサッという音を立てて地面に落ちた。サイボルドはソアにねらいを定めた。
深く、邪悪な声を腹の底から出してうなった。サイボルドがソアに向かって歩き始めた時、ソアは心臓をどきどきさせながら次の石を投石具に置き、手を置いて再び撃つ準備をした。
サイボルドが疾走を始めた。それはソアが今まで見た中で何よりも速い動きだった。ソアは一歩前に進み出ると、サイボルドが自分のところに到達する前に次の石を投げる時間はないのを知りつつ、当たることを願いながら石を放った。
石は右目に命中し、相手を倒した。すごい投石だった。もっと小さな動物たちならばひれ伏すほどの。
だが、相手は小さな生き物などではなかった。獣を止めることはできない。負った怪我に金切り声を上げながらも、スピードを緩めることさえない。目を片方失い、脳に石を残し、それでも一心にソアを襲い続けた。ソアにできることはなかった。
一瞬の後に、獣はソアの上にいた。大きな爪でソアの肩を強打した。
ソアは叫んで倒れた。3本のナイフで肉を切り裂かれたようだった。熱い血がその瞬間どっと流れた。
獣はソアを四足で地面に押さえつけた。象が胸の上に立っているかのような、とてつもない体重だ。ソアは肋骨が砕かれるのを感じた。
サイボルドは頭を反らせ、口を大きく開けて牙を見せたあと、ソアの喉元めがけて下を向いた。
その瞬間、ソアは手を伸ばしてサイボルドの首をつかんだ。硬い筋肉を握るようなものだ。ソアはしがみつくこともほとんどできなかった。牙が下りてきた時、腕が震え始めた。ソアは顔一面にサイボルドの熱い息がかかるのを、首に唾液が流れてくるのを感じた。獣の胸の奥からごろごろ言う音が聞こえ、ソアの耳は燃えるようだった。死ぬのだ、と思った。
ソアは目を閉じた。
神様、お願いします。力をお与えください。この生き物と戦わせてください。お願いです。何でも言うことを聞きます。受けた恩に深く感謝いたします。
その時何かが起きた。ソアは体の中にとてつもない熱が起こり、血管を通じて流れるのを感じた。エネルギー場が自分自身の中をすべて駆け回っているようだった。目を開け、驚くべきものを見た。自分の手のひらから黄色い光が放出し、獣の喉に抵抗できるだけの驚異的な力を得て相手を寄せ付けなかった。
ソアは抵抗を続け、ついには相手を押し返した。力がみなぎり、砲弾のようなエネルギーを感じた。その直後にサイボルドを少なくとも10メートルは後ろに飛ばし、獣は背中から地面に落ちた。
ソアは起き上がった。何が起きたのかわからなかった。
獣は体勢を立て直し、憤然と突進してきた。今度はソアも前と違う。エネルギーが彼の全身を伝い、今までにないパワーを感じている。
サイボルドが空中に飛び上がった時、ソアは身をかがめ相手の腹をつかんで投げ、勢いにまかせて飛ばした。
獣は森の間を飛んで行き、木にぶつかって地面に落ちた。
ソアは驚いて振り返った。自分は今サイボルドを投げたのか?
獣は2回瞬きをした後、ソアを見て再び挑んできた。
今度は、獣がとびかかる瞬間ソアが喉元をつかんだ。双方とも地面に倒れこみ、サイボルドがソアにまたがった。が、ソアが転がり、獣の上になって相手を抑え、両手で窒息させようとした。獣は頭を上げて牙で噛み付こうとし続けたが、的を外した。ソアは新たな力を感じて手で押さえつけ、相手を離さなかった。エネルギーが自分の中を流れるのに任せると、驚くべきことに獣に勝る力を感じた。
サイボルドを窒息させ、死に追いやった。獣はぐったりとなった。
ソアはその後も1分間は手を離さなかった。
彼は息を切らしてゆっくりと立ち上がり、目を見開いて見下ろし、傷ついた自分の腕を抱きしめた。今起きたことが信じられなかった。この僕が、ソアが、サイボルドを殺したのか?
彼は、今日というこの日、これが印なのだと感じた。 重大なことが起きたように思えた。王国で最も知られ、最も恐れられている動物をし止めたのだ。たった一人で。武器を使わずに。本当のこととは思えなかった。誰も信じやしない。
彼はそこに立ち、めまいを感じながら、自分を圧倒したのは一体何の力だったのだろうと考えた。それは何を意味するのか、自分は本当は何者なのか。このような力を持つことで知られているのはドルイドだけだ。父も母もドルイドではない。自分がそうである訳がない。
それともそうなのだろうか?
ソアは突然背後に人の気配を感じた。振り返るとアルゴンがそこに立ち、動物を見下ろしていた。
「どうやってここまで来られたのですか?」ソアは驚いて尋ねた。
アルゴンは彼を無視した。
「今起きたことをご覧になったのですか?」ソアはいまだ信じられない思いで尋ねた。「自分でもどうやったのかわからないんです。」
「わかっておるのじゃろう。」アルゴンが答えた。「 自分の奥深くで。そなたは他の者とは違うのだ。」
「まるで・・・力がほとばしるようでした。」ソアは言った。「自分が持っているとは知らなかった力のような。」
「エネルギー場じゃな。」アルゴンが言う。「いつかよくわかる日が来る。それをコントロールすることさえできるようになるかも知れん。」
ソアは肩をつかんだ。耐え難い痛みだ。見下ろすと、手も血だらけだ。めまいがして、もし助けがなかったらどうなっていただろうと考えた。
アルゴンは3歩前に進んだ。手を伸ばしてソアの空いているほうの手をつかみ、傷の上にしっかりと載せた。そのままの状態で背を反らせ、目を閉じた。
ソアは腕に温かいものが流れるのを感じた。数秒でべとべとしていた血が乾き、痛みが消えていくのがわかった。
彼は見下ろし、信じられなかった。怪我が治っている。残ったのは爪で切られてついた3つの傷痕だけだった。それも傷が閉じていて、数日経過したように見える。血はもう出ない。
ソアはびっくりしてアルゴンを見た。
「どうやったらできるんですか?」彼は尋ねた。
アルゴンは微笑んだ。
「何もしておらん。そなたがしたのじゃ。わしはただそなたの力に指示をしたまでだ。」
「でも僕には治す力などありません。」ソアは当惑して答えた。
「そうかな?」アルゴンは答える。
「僕にはわかりません。起きていることの意味が全くわからないんです。」ソアはますますもどかしく思って言った。「どうか教えてください。」
アルゴンは目をそらした。
「時間をかけて理解していかなければならないこともある。」
ソアは何か思いついた。
「これは、私が王のリージョンに入隊できるということなのでしょうか?」興奮して尋ねた。「サイボルドを倒せるのなら、他の少年に引けを取らないでしょう。」
「確かにそうだろう。」とアルゴンは答えた。
「でも軍の人たちは兄たちを選んで、僕は選ばれませんでした。」
「そなたの兄たちにはこの獣は倒せなかっただろう。」
ソアは考えながら、見返した。
「でも、軍の人たちは僕のことを拒否したんです。どうしたら僕は入隊できるのでしょう?」
「いつから戦士は招待状が必要になったのじゃ?」アルゴンが尋ねた。
この言葉は深く染み込んだ。ソアは体が温かくなってくるのを感じた。
「招かれなくても、行けば良いということですか?」
アルゴンは微笑んだ。
「そなたの運命を切り開くのはそなたじゃ。他の誰でもない。」
ソアが瞬きをするや否や、アルゴンは消えていた。
ソアには信じられなかった。森のすべての方角を見回したが、アルゴンは跡形もなく消えていた。
「ここじゃ。」声が聞こえた。
ソアが振り返ると、巨大な岩が見えた。声はその上の方からすると気づき、すぐにそこへ登った。てっぺんに着いてもアルゴンの姿が見えず、当惑した。
が、この高みからは暗黒の森の木々の上から景色が見渡せた。暗黒の森の端が見え、二番目の太陽が深い緑色の中に沈んでいくのが、そしてその先に王の宮廷へと続く道が見えた。
「そなたはその道を通ることもできる。」声がした。「そうしようと思えば。」
ソアはぐるりと回ってみたが、何も見えなかった。声がこだましているだけだ。だがアルゴンがそこに、どこかにいて、彼をけしかけていることはわかっていた。そして心の底で、アルゴンの言うことが正しいのを感じていた。
もう迷うこともなく、ソアは岩を急いで下り、森を抜けて遠くの道へと進み始めた。自分の運命へと、全速力で。